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2022/11/26
2021、2022年「このライトノベルがすごい!」で連覇し、2023年版では未アニメ化作品として史上初となる“殿堂入り”まで果たした『千歳くんはラムネ瓶のなか』(以降『チラムネ』)。福井を舞台に学内カースト最高位の千歳朔を主人公に、さまざまな“推しキャラ”が登場する青春ラブコメ小説は、これまでにない盛り上がりを見せています。その最新刊第7巻が発売されましたが、第6.5巻にて月刊URALAが登場して、いかつい編集長(笑)まで登場しました。以前取材を受けた側、今度は取材をする側として、福井市出身の作者・裕夢さんに“逆取材”を敢行しました。
実在の人物を登場させる難しさ
「6.5巻のウララでのシーンは読者の方にもかなり好評だったんです。初めて高校生たちが触れる社会ですから、第三者の大人から言われる言葉は大きかったと思います。ウララは本当に小さいころから知っている雑誌ですし、地域で雑誌を作ることの意味についても伝えられたというか。人生の半分を東京で過ごしていると、なんとなく東京を中心に物事を考えがちになります。でもどの街にも人の営みがあって、想いを持ってなにかを作っている人がいます。当たり前のことなんですが、それを再認識させてくれた取材でした。青春だってそう、東京だけじゃないんです。福井には帰ってくる場所があるし、やりたいことがやれる場所がある。以前取材をしてその感覚がしっくり来たんです。それからすごく印象に残っているのが、「ウララという雑誌は福井のいまを保存している」という編集長の言葉。福井の駅前も再開発でどんどん変わっていて、チラムネに登場させたお店のなかにも残念ながらなくなってしまったところがあります。そういう知らせを聞くとすごく切ない気持ちになっていたのですが、あの言葉によって「チラムネに登場させたことで大好きだった場所や時間を保存して、後世に伝えることができる」とポジティブに捉えられるようになりました。あ、関係ないけどtwitterで編集長が書店で『チラムネ』読んでいる写真見ましたよ(笑)」。
実際に登場しているのを読むと、恥ずかしい反面うれしい部分もありました。あれほどいかつくはないですが(笑)。「正直、実在の人物をモデルにすることはなかったから、現実とフィクションをどう折り合いをつけていくか非常に難しかったんです。現実を意識するとリアルの編集長のキャラクターが侵食してきてしまいますし。だから外見とノリだけもらって、作中の中でもその立ち位置でこういうことを言ってくれる大人がいるとカッコいいな、という感じで書いていきました」。
作者でありながら一番の読者
夏休みにそれぞれがそれぞれの思いで過ごした第6.5巻を経て、新章突入の第7巻にはいるのですが、あとがきにも書いてあるように、7巻を書き出すのに相当苦しんだようです。「6.5巻で登場人物たちがある程度ひと段落して、動きたがらない、という局面になったんです。戻ってきた日常に身をゆだねたいというか、何も起こらないままでいいというか。登場人物たちが動きたがっていないのを作者の都合で動かすことはできないな、って」。
裕夢さんに取材をしていると、作者でありながらどこか第三者的に作品を見ています。カメラで登場人物を追っている映像を、書き留めている感覚、と裕夢さんは言います。客観的に物事を見ているのは、小さいころから読書好きだった性格から来ている感覚かもしれません。読書とはページをめくるたびに知らない世界が飛び込んでくる楽しさ。次はどんな展開なのか、その次はどうなっていくのか、ワクワクして読み進める少年でした。「だから、最初は作家になりたいとは思ってもいなかったんですね。自分でストーリーを組み立てて書いていたら、ページをめくる前に結末が分かってしまいますし」。しかし裕夢さんは気まぐれで初めて小説を書いてみたとき、自分でも先の展開がまったくわからず、読書しているのと同じ体験ができることに気づいたそう。だったら自分が好む作品を自分で書いたほうがより面白い、と思ったところから作家への道を歩み始めます。「登場人物の大まかな行動までは考えますが、その先は正直読めません。明日風(注:6.5巻でウララを訪れたヒロイン)がウララに行くことまではわかっていましたが、その先どう展開していくかは、わからなかったんです。それなら自分もこの作品を読んでくれる読者と一緒にワクワクできますしね」。
福井でも『チラムネ』効果抜群!
そのファンたちは、“聖地巡礼”として福井を訪れてくれています。県内各地で『チラムネ』イベントも開催したり、とうとう福井市の広報紙では表紙を飾るまでに! 「自分が高校生のときは小説を読んでその場所に行く、なんて行動力はありませんでしたが、その行動力とバイタリティに本当に驚いています。自分の知らないところで県外のファンと県内のファン同士がつながったり、福井を好きになってくださる方もいたりしています。例えば原作のアニメ化や映画化がされると街を挙げてプロモーションすることは全国でありますが、ライトノベルの段階でここまで、それも行政まで盛り上げてくれるのは、全国的にもないのでは、と思います。今では東京にいても『8番食べたい』とか、『パ軒行きたい』とか話されている方がいて、まるで福井人みたい、って思いました(笑)」。
『チラムネ』の経済効果、認知効果はSNSなどを通じて確実に上がってきています。「現代では、スマホなどを通じて手軽に楽しめるエンターテインメントが増え、活字離れが起きていると言われている中、2時間以上も費やして本を読んでくれている方たちには感謝しかありません。その熱量がこれまで以上に高いということも感じています」。
その高い熱量を生み出しているのは、作品自体の熱量が高いからこそ。ファンレターもこれまでに多く届いたそうで、その中の多くは“勇気づけられた”、“もう一度頑張ってみようと思う”、“一歩踏み出せるきっかけをくれた”など、作品が読者を応援し続けてきたからなのです。「ある読者は『自分も長くひきこもってしまっていたけど、学校に行ける勇気をくれました』と書いてくださって、読者の皆さんの人生に少しでも寄り添えたことだけでも嬉しかったです」。
読者に、登場人物に寄り添う優しさ
ここまで盛り上がってくると、すわアニメ化か、と色めき立つ声もありますが、「もしも今後アニメ化されたとしたら、福井を知ってもらうことに貢献できるのかな、とは思う反面、いわゆる聖地となっている場所やお店にご迷惑をかけてしまうことも回避しなければ、と感じています。いま原作を読んで聖地巡礼をしてくれている読者たちは現地の方たちからもすごくマナーがいいと評判なので、ぜひ彼ら彼女たちがお手本になってくれたらいいなと思っています」。取材中でも感じる、いつでも相手を思いやる優しさを持つ裕夢さんだからこそ、彼の書く作品は人の心にすっと寄り添ってくれているのでしょう。
その優しさを感じる分、尚更裕夢さんの他の作品を読みたくなる衝動に駆られてしまいます。「ライトノベルとして他のシリーズや一般文芸もゆくゆく書いてみたいと思っていますが、今は『チラムネ』を最後までしっかり書ききることが先です。彼らの心の動きを見ていると……、大体完結まで長くても15巻以内くらいになるのかな、という感覚です」。作品の中でも登場人物を気遣っていることがわかります。
福井に戻ってくる⁉
コロナ禍になってリモートワークが当たり前になり、東京にいなくても仕事ができる環境がそろっている日本。裕夢さんもそろそろ福井に居を構える日は来るのでしょうか。「もう人生の半分が東京です。確かに東京は担当編集や作家友達と顔を合わせやすく、仕事をするうえで便利な面も多いのですが、毎回福井に帰るたびに感じる時間の流れの差に、最近は福井に帰りたい欲が高まっています。都会にいるとどうしても心がせかせかして、いろんなものに追われている感覚があって、一日が一瞬、ということもあります。福井にいると売上とか競争とかSNSにおける読者の反応とか、そういう概念的な「都会」とのあいだに一枚の透明な幕を挟んで向き合えるような感覚があって、いずれ戻りたいな、とは思います」。
裕夢さんが福井に帰ってきて、『チラムネ』がアニメ化されて、福井でプロモーションが展開されて、そして新幹線が通った日には…、なんて妄想をしてしまいますが、いずれそんな日が現実になるのかもしれません。
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