35年愛されるお店、愛され続ける味。vol.3|やきとり吉田

2023/10/16

1988年に創刊した月刊ウララと同じ時代を歩んできた、福井の街のお店、そしてグルメを特集。
そこで出会ったのは35年間ぶれることなく輝き続けてきた、お店の味とおもてなし。
今なお地元で世代を越えて愛され続ける理由について、それぞれのお店の想いやエピソードからひも解きます。

感謝を届けるおもてなし。夫婦で紡ぐ焼き鳥の味。
やきとり吉田/店主 吉田菊男さん

「美味しくなれ」その一心で焼き上げる。

夕方近くになると、住宅街の中でパッと目を引く黄色い煙突から、モクモクと食欲を刺激するいい香りが漂い始める『やきとり吉田』。知る人ぞ知る昔ながらの名店は、福井運動公園の第3駐車場からすぐのところに店を構え、今年で35年を迎える。予約なしに来店すると、すでに売り切れてしまい残りは予約分のみ、ということも珍しくない人気店だ。
店主の吉田菊男さんは今年で85歳、奥さんのトヨ子さんは79歳になるが、お二人とも年齢を感じさせない元気と明るさでお店を切り盛りしている。そのパワフルさに驚いていると、「元気とはいえ歳を重ねると、どうしても体力が落ちてくるから、定休日を増やしたんだよ」とのこと。開店当初は水曜のみの定休だったが、今は体力に合わせて月・火・水曜を休みにしたそうだ。「無理して体を壊してしまうと、もっとお店を休まないといけなくなるからね」。待っているお客のことを考えると休みを増やすのは苦渋の決断だったのだろう。そんな休み明けはやはり注文が殺到するのかと思っていたら、「休み明けとか関係なく、今は週4日だけの営業だから、ありがたいことに毎日たくさん注文が入るんだよ」と、改めてその人気ぶりを感じさせられた。

そんな『やきとり吉田』の一日は、まず午前中に串打ちまでを済ませ、お昼ごろになると手羽先の仕込みに入る。この時私語は一切せず、品物と会話をしているのだと菊男さんは語る。もし、機嫌が悪かったりして自分の気持ちが良くない時は、その良くない気持ちが品物にうつってしまうから仕込みをしないのだという。仕込みの時は「美味しくなれよ」、焼きの時は「熱くてごめんな、でも美味しく焼いてやるからな」と、菊男さんが1本1本ひたむきに作る焼き鳥の味は、作り手と素材の二人三脚で生まれる味ともいえる。
午後3時を過ぎると、焼きに入るため火起こしが始まる。ハンマーでリズミカルに炭の大きさを調整する菊男さんの横で、トヨ子さんが手羽先と串かつを揚げ始めると、真夏日ですでに高かった室温がさらに上昇。扇風機一つだけのうだるような暑さの店内でも、予約のお客が受け取りに来る午後四時半に間に合わせるために、焼きあがるまでは一切休憩をとらず、焼きに集中するのがいつもの光景なのだそうだ。

「お客さんを喜ばせたい」その積み重ねが生んだ味。

今ではたくさんのお客に愛され、毎日多くの注文が入る人気店の『やきとり吉田』だが、ここまで来るのは決して楽な道のりではなかったと、オープン当時のことを菊男さんは語ってくれた。
お店を始める前はサラリーマンだった菊男さん。「年金だけではやっていけない」と将来に不安を抱え、何かできる事はないか考えていたそうだ。そんな時、自社で開催したイベントにやってきた焼き鳥の屋台の様子を見て、「これだ!」とひらめく。「焼き鳥は、例えば運動会や町内会といった催し物があった時に役に立つし、おやつにもなり、おかずにもなり、そしてお酒のつまみにもなる。焼き鳥というのは、みんなの生活に役立つものだ、これしかないと思いました」。

そして50歳で脱サラをし、1988年6月にテイクアウト専門の焼き鳥店をオープン。しかし、これまでずっとサラリーマンとして働いてきて、飲食店の経験などない菊男さんを待っていたのは、苦しい日々だった。「店を始めて10年間は売り上げもなかなか増えず、3000円の時もあり、本当に辛かったです」と声を詰まらせながら話す姿は、当時の苦労を何よりも物語っていた。何とかしようと、タレを教えてもらいに神戸のお店へ聞きに行ったこともあったそうだ。だがそこで言われたのは「聞いて教えてもらったタレで商売をしようと思うなら、お店をやめなさい。人に頼らず自分で自分の味を見つけることが大事だよ」という言葉だったという。「今振り返ってみて、本当にその通りだったと思っています」。この言葉で何かを真似るのではなく、自分が美味しいと思った味を信じてやっていこうと思えるようになったそうだ。どういう味付けだとお客が喜んでくれるだろう、満足してくれるだろうかと考え、この初心を忘れず35年積み重ねてきた結果が、現在の『やきとり吉田』のタレなのだと教えてくれた。

人に支えられ信頼と共に歩む商い。

「商売とは、お客様に買っていただくことで初めて成り立つもの」。これを心に刻んで歩んできた菊男さんは、「まずは自分が信用される人間にならないといけない」と語る。その想いの原点には、ある企業の会長から受けた励ましの言葉があったという。その言葉は「正直にやれ、嘘をつくな」というもの。この言葉が、菊男さんが大切にする「正直な商い」の根本になっている。時折降りかかる厳しい状況に直面しても、一度も嘘をつかず、正直に向き合ってきた結果、多くの人から支えられ乗り越えてこれたのだそうだ。新型コロナの大流行という、未曾有の状況下でも、『やきとり吉田』はお客から温かい応援を受けたそう。連日多くのお客がお店に足を運び、「これからも長く続けてね」と励ましの言葉が贈られた。「本当にすごい人の数だった」と当時の様子を振り返り、その応援が今もお店を開き続ける原動力になっているのだという。「神様という言葉はあまり使いたくないですが、それでも正直にやっていると神様が見てくれている、ということを店を開いてからの35年間で実感しました」。その言葉には、今があるのは決して自分だけの力ではなく、周りの人のおかげだという感謝の心が込められている。商いとしての積み重ねだけでなく、心の豊かさをも積み重ねながら歩んできたのだろう。

多くの支えがあった菊男さんだが、やはり一番の支えだったのは妻であるトヨ子さんの存在。サラリーマンを辞め、焼き鳥屋を始める時も、「お父さんの後をついていくよ」と一切反対しなかった彼女の言葉は、夫としてだけでなく、仕事人としても信じてくれていたのだと気付かせてくれ、夢に向かって進む勇気を吹き込んでくれたそうだ。そうして始めたお店だったが、何年も売り上げが増えていかず、経営は厳しいまま。そんな時期にかけられたトヨ子さんの言葉が今でも一番心に残っているのだという。「売り上げが無かったら、家を売ればいいから。少しでも高く売れるように、毎日綺麗に掃除をしますから」。その気持ちが、本当に嬉しく、励まされ、そして前を向く力を得たのだという。この言葉がきっかけで、『やきとり吉田』はいろいろなイベントなどにも精力的に出店を始め、イベントがある時は、出先を菊男さんとアルバイト、店舗はトヨ子さんと娘さん、というように着々と歩みを進めていった。この頃のことをトヨ子さんに伺うと、菊男さんは有言実行、何をやっても成功する人だと思っていたと答えてくれた。「持って生まれたものなのか、お父さんは人に好かれる人だったから、サラリーマンでも自営業でも、何をしても大丈夫だと信じていました」。

『やきとり吉田』の35年間の歴史は、信念と支えに満ち溢れた物語である。食べた人に喜んでもらう、その一心でたどり着いた焼き鳥の味と、吉田さん夫婦の人柄に、多くの人々が惹きつけられるのだろう。これからも『やきとり吉田』はその歴史と共に、人々に愛されながら、36年目の歩みを進めていくだろう。

やきとり吉田
【住所】福井県福井市運動公園1-602
【電話】0776-36-8687
【時間】15:00~19:00(18:30LO)
【休日】月〜水曜
【駐車】なし
※テイクアウト専門
※電話予約が確実









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#月刊ウララ

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