
PROFILE/画家 KASAZIZO
1983年10月1日福井市生まれ。14歳でマウンテンバイクの世界最年少W杯出場者、16歳でスノーボードのW杯出場者として名を馳せた。丹南高校卒業後大阪芸術大学芸術学部デザイン学科ビジュアルデザインコースに進学。スプレーアーティストとして活動を続け、2022年から福井に拠点を構え、本格的に画業に努める。Instagram
ストリートアートで街おこしを手掛けていく。
小学生から自転車の才能が開花し、ロードレース、マウンテンバイクの両ジャンルで全国優勝を果たすなど、実力は世界レベル。中学生になれば大人たちと共に合宿と試合に明け暮れ、授業に出る暇もない生活だった。やがて五輪競技にも選ばれるそれらの種目は、時代が時代ならば日本代表もあり得た。高校生になればさらに高みへ。国内2連覇を果たし、世界転戦が続く。ダウンヒル競技で世界に通用する存在として注目されていた矢先、レース中に不慮の事故に遭ってしまう。
約1年に及ぶリハビリ。空白の時間を取り戻せたとしても、かつてのパフォーマンスができないかもしれない。さまざまなことを思い、出した結論が「一旦、引退する」だった。
この決断に影響を与えたのがアートだった。小学生、もっと昔、幼稚園時代から絵を描くことは好きだった。何よりもそのときの先生の言葉が今も自分の芯となっている。「先生にゴジラを描いてほしいとせがんだ際、毎回違うゴジラを描いてくれたんです。その理由を聞くと『絵は感性で描くものだ』と答えて。自分が感じたものに素直に従おう、と考えるようになったんです」。
さらに中学生時代。高校進学をしないでおこうと思ったが、担任の言葉がその意思を変えた。「モトクロスはいつかできなくなる。でも絵はずっとできる。お前が絵に情熱を傾けているのも知っている。だからそういう道を選ぶのもありじゃないか」。
結果、高校に進学し、倍率50倍もの大学に推薦で合格し、アートの世界にのめりこんでいった。世界を見て回ったとき、現地のアートに触れて感性を磨き、ストリートカルチャーに出会ってグラフィティを学んできた。
大学を卒業してから約20年、雌伏の時を過ごした。アートは趣味程度、と諦めたこともあった。しかし仕事中に重大な事故に遭い、自分に問いかけた。人生をどうしていきたいのか、と。「自分にはアートしかない」。
奇しくもストリートアートが街おこしのムーヴメントとして盛り上がってきた時代。かつての仲間たちがその先導を切って活動している。彼らに会いに行き、福井にどう落とし込めるか考えてきた。周りの声に耳を傾け、自分のアートもよりシンプルになり受け入れられ始めている。雌伏の時があったからこそ、声を受け入れる〝器〞を持つことができた。
「一旦、引退」の一旦は今も継続している。いつか街おこしと共に、その世界に恩返しをするために。
(月刊URALA STYLE 4月号より抜粋)
日々URALAからのお知らせをLINEで受け取れます!
