月刊ウララ10月号から“かなり見せ”企画!特集「アートってなんだ?」

2019/10/06

ちょっとの冒険でときめく出会い! 福井の生活にアートを。そんなテーマで発売中の月刊ウララ10月号の巻頭特集「アートってなんだ?」から、一部をご紹介します。

福井でのアートを語るに「小野忠弘」という存在を抜きには語れない。三国高校の美術教師でありながら、ジャンクアートの巨匠。1959年の米『LIFE』誌で「ジャンクアートの世界の7人」として紹介された御仁。今回の表紙を飾った「Brilliant Heart Museum」を作ったアートディレクター・戸田正寿さんは三国高校時代の教え子。きっと戸田さんの広告デザインを見てデザインやアートの世界に飛び込んだ人もいるだろうし、港町の高校から始まったアートの血脈は、世界に影響を与えているのだ。
そんな巨匠が生きた福井に住む私たちは、まだまだアートに慣れてない。目立つからと、横並びで育ってきてるから、ぶっ飛んだセンスはどこか異端視されてしまったり……。でも、「いいね」と理解してくれる人が周りに一人でもいたら、そのセンスはきっと未来に開花する。
アートってキレイなもの? カッコいいもの? 整ったもの? 何か、言葉で言い表そうとすればするほど、答えが見つからなくて抜け出せなくなる。ここで生きてくる“ドラゴンの教え”。「考えるな、感じろ」。アートって、一言で言えるものじゃない。言葉で語るものじゃない。それがアートなんだ。だから今月は「Don’t think. feel.」でいこう。

金津創作の森内にある、
眞壁陸二氏の『森のアンリの小屋』



アートで活躍している人に、どんなことを考えているか聞いてみよう。


岩堀 葉さん

1982年福井市生。京都嵯峨美術大学短期大学卒業。「ぼんた 横丁店」の壁画制作

間違いはひらめきと発想で
100点を超えていく。

現代アートと日本画の両方を手掛ける岩堀葉さんの原点は、福井市の画家・松崎鐘美に師事したこと。「強烈な赤を使った作品は、その後の私の画業人生に大きく影響をしています」。岩堀さんが子供向けの絵画教室で教えていることはその影響の一端ともいえる。“一度描いたところを直さない”だ。「松崎先生は消しゴムを使わせなかったんです。『花は1日1日違う姿を見せる。間違えたと思った線からも描くことはできる』と」。絵画教室では白紙のスケッチブックを見つめながら描きださない子が多いという。上手く描こうと思って考えてしまっているのだそうだ。「たとえ間違ったと思っても、そこから新しく描いていけばいいんです。計算ずくで描いても100点までしか採れない。けれども感じたままに描いていけば、ひらめきと発想力で100点を超えていけると思っています。親御さんも子どもたちの描く絵に対して固定概念で判断しなくてもいいと思いますよ」。
岩堀さんがよく行なっているライブペインティングのときにも、松崎師の教えは生かされている。絵はその場に流れる空気から生まれていく。考える前に行動し、そこからまた新しい絵は生まれてくる。瞬間の感情が世界を創造し、それは言葉にできない言葉として人に訴えかける。しかし、岩堀さんの描く絵に「こう見てほしい」という観念はない。「100人いたら100通りの見方があり、その日の気分によっても変わると思います。現代アートはそうした固定概念を取り払って、純粋な気持ちで見て楽しんでもらえたら、と思っています」。まさに“Don’t think. feel.”なのである。




下﨑 滋彦さん

1974年東京都武蔵小金井市生。現在北陸高校で美術教師として次世代を育てる

笏谷石に見出された
石と語り合う彫刻家。

結婚を機に生まれ故郷の東京から福井へ移り住んだ下崎さんは“フットワークの軽い非常勤教員”と知られ、県内さまざまな学校で教鞭を取ってきた。「本当は途中で東京に戻るのかな、と思っていたんです」。大学時代から専攻していた彫刻は材料が重いため、制作に複数人が必要となるが、そういう仲間もいない。悶々としていたが、「できないことを数えるよりも、できることを数えたほうがよっぽどいい」と、やっと腰を落ち着けて自分の作品に向き合えたのは数年の後だった。
街で見かけた笏谷石に惹かれ、顔を彫ってみた。何かさみしい。台座として板の上に置いてみた。何か体っぽくなった。それならば手足をつけてみよう――。まるで積み木のように“見立て”で作品は生まれていった。「そう考えると、子ども時代の積み木遊びというのは想像力を豊かにするんですね」。具象の象徴である彫刻と、抽象的な“見立て”、違和感と調和が絡み合う面白さは瞬く間に話題となった。
「笏谷石ってわがままな石なんです。柔らかい箇所、硬い箇所が混在していて、思った通りにノミやドリルが入らないんです。まるで石が意思を持っているような。そのとき大学時代の先生の言葉を思い出したんです。『素材の声を聴きなさい』と。石がなりたがっているものを形にすればいいんです」。物言わぬ素材と“語り合う”から、自分自身も素直になっていく。それは通常の生活においても大きなプラスとなっているそうだ。「20年近く前の言葉の意味が10年後にわかるように、美術に即効性はありません。ただ、後の人生が豊かになるきっかけはある、と思います」。




浅野 桃子さん

1978年岐阜県羽島市生。文化拠点として『HAI studio』をエキマエに開設

アートで開く街は
もうすぐ目の前にある。

「アートに触れる機会がなさすぎて面白くない、だからここにいたい」。
東京芸術大学に博士課程、助手まで務め、20年間を東京で過ごしてきた浅野さんが福井大学講師として呼ばれたのは2017年。1年間の契約だったが、終了時、東京に帰ることなく福井に居を構えた。“福井はアートで花開く可能性を秘めている”と直感したのだ。新幹線が開業する直前の街、多くのものが移り変わっていく。「年を追うごとに“街の感情”が見えやすくなっているんです。街の感情とはつまり人の感情。『こうありたい』、『こうあってほしい』、そういうい感情が表面化している今が、創作タイミングとしてベストなんです」。
アートを発表する場はないけれど、創作する場としてはとても素晴らしい、という。それはすばり街が“カオス”だからだ。「全国的に街は均質化していくのですが、エキマエにはシャッターの閉まった店とその近くに近所の人が整備した花壇、すぐになくなりそうな店に、ずっと続いている店と、いろんなものが混在しています。その空気感にインスピレーションが湧くんです。いわば、エキマエ全体がアトリエのような感じです」。
さらに“人”にも可能性を感じている。「発表する場はないけれど、内に秘める感性が豊かな人がとても多いんです」。だから彼女はエキマエに『HAI studio』を作った。発表する場を作りたくて、そしてアーティストレジデンスとして多くの芸術家の交流拠点にしたくて。地元の“内に秘めた感性”と、国内外の感性が融合したとき、アート文化は醸成され、やがて『HAI studio』を中心にアートでエクスプロージョンを引き起こしていくだろう。




MAGO

1984年福井市生。東京・ガーナ・LAを拠点にSDGsをアートで実践

世界が今一番注目する芸術家
サスティナブルな世界を目指す。

人生の絶頂と絶望を味わい、何も残っていない自分に唯一残っていたのは絵筆。路上の絵描きから始まったMAGOストーリーは、まるでジェットコースターのように目まぐるしく変化していく。墨で描く美人画、恐竜画が注目されるようになり、一度はテレビ番組のアートディレクションも受け持ったこともあったが、自分の心に素直に従い、すべてを捨てて海外へ。上海、ニューヨーク、パリ、絵描きでいることを決して諦めず、ひたすらキャンバスに向かった日々。そんな中でパリの無差別テロの現場に遭遇。見上げた夜空には美しい満月が世界を照らしていた。この瞬間、“アートで平和を”という壮大なテーマができ上がった。それ以降、そのテーマに共感した多くの人の注目を集めるようになり、自身の世界を構築し、発信していく。
ある日雑誌で見たガーナの産業廃棄物の惨状に、自分の目で見てみたいという衝動に駆られ、単独でガーナのスラム街に。危険極まりない行動だったが、ガーナのこの状態を救いたいという思いは伝わり、電子部品のゴミをアートにして問題提起する。その行動と信念に共感し、さらに多くの人が集まり、ハリウッドからも映画のオファーが来ている。目指すは「ガーナにゴミ処理場を作って彼らの環境を少しでも良くしたい」こと。彼の提唱するサスティナブルキャピタリズムは、路上の絵描きから始まったストーリー。




月刊ウララ10月号(582円+税)。福井のアートを身近に感じられる一冊です。
書店、コンビニで好評発売中。通信販売はこちらから。

#エンタメ#月刊ウララ

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