
嵐の二宮くんが結婚した。相手の女性は元アナウンサーだと噂されてる。結婚発表直後、ネットでその女性への誹謗中傷がすごかった。「二宮くんはその女に騙されてる、その女は性格が悪いやつだ」と。だけど以前、僕がよく行くカフェで、その奥さんになった女性と隣の席になり「村本さんですよね」と以前、仕事したことから挨拶していただいた。なので僕は帰りにカッコつけて、こっそり彼女たちの分の会計を済ませておいた。
すると後日、そのカフェに行った時に店員さんから小さなメモを渡され、そこには彼女から達筆な字で「先日はありがとうございました」とすごく丁寧にお礼の文章が書かれていた。だからあのすごく丁寧なあの女性がSNSで叩かれてるのは見ていて少し胸が痛くなり、それと同時に二宮くんのファンの方も「いい人だった」というと安心するんじゃないかと、そのカフェで起こった一連をツイッターで書いた。
すると「ありがとうございます、いい人でホッとしました」と安心したというコメントがいくつかきた。
しかしそれとは逆に「本当にいい女性なら直接会ってお礼するんじゃないですか?そんなことわざわざ手紙に書きますかね、あざとい」みたいなコメントもたくさん来た。
なんとなくわかった。「いい人」だということはイコール「安心」ではない。「彼は騙された」というストーリーを信じてたら「彼を助けたい」と思える。簡単に言うと「いってらっしゃいお幸せに」がまだできない。それは気持ちが自分の容量を超えてコントロールできなくなったんだろう。
そしてその自分が信じたくない話を信じさせようとする僕は、その人たちを不安にさせる人でありそれは不快な人だ。それは韓国に行って「韓国人めちゃくちゃ親切だった」とツイッターで書いたら、そうでない方が安心できる人たちが、不安になり不快になり攻撃的にコメントをしてくる。それを信じたくない人たちだ。それはそれで「その着ぐるみの中に人入ってますよ」と言ってやったのと同じで、韓国人は悪いやつという着ぐるみを事実として信じていたい。
アイドルというのは信じさせる人たちだ。神様と同じで「自分を救ってくれてる人たち」だ。不安な日常を突如現れた彼らは救ってくれる。
みんな生きてるだけで不安だ。わたしは誰かと本当に繋がってるのか、話を合わせながら生きてるだけなんじゃないのか、しかしそんな中に信じられるもの、夢中になって不安な夜を明るくしてくれた人たち、それは海の真ん中で手に入れたビート板ほどの安心。これさえ掴んでいれば束の間の安心を得れる。しかし、そのビート板はレンタルだ。購入してるわけではない、いつか誰かのものになる。そんなことはわかってる。しかし考えないようにしている。「事実」ってやつだ。事実は見たくない。
あのテーマパークの着ぐるみの中に人が入ってるのを知らないふりをするのと同じで、事実よりも見たいものを事実としてとらえる。
だから今回みたいにビート板が誰かに購入されてしまったら不安になる。しかも長ければ長いほどそのビート板に捕まっていたら、そのビート板が失われた時の不安は大きい。
(次ページへつづく)
それはなにもアイドルに限った話ではない。
不都合な事実を受け入れるのは余裕と強さが必要だ。だから事実でも自分にとって不都合なものは受け入れられない。好きなアイドルに彼女がいた、と同じで、俺のことを嫌いなやつはおれが本業でうまくいかなくなってから政治や社会問題を発言し出した左翼活動をし出した、と言う。しかし残念ながらおれの本職は芸人なので本業はテレビのバラエティタレントではやく、漫才と独演会だ。3年ほど前からテレビよりもネタを作って表現したいという気持ちが強くなり、いまは休みなく劇場で漫才の仕事をし、空いた時は独演会を入れ、やりたくない仕事は一切断り「笑い」という本業だけで収入はテレビに出てた時よりも確実に上がっている。
そんなものはウーマンラッシュアワー、スケジュールで検索したらどこの劇場に出てるのかすぐにわかる。しかし彼らはその事実に興味がない。「こうであってほしい」ということを「事実」だと思い込もうとする。なぜ事実に対して真摯に向き合わないのか、興味がないのか。それは信じたいから。前にアイドル好きの女の子に、君が好きなアイドルは彼女いるよ? と言ったら「わかってるけど言わないで!」と言われた。わかっているんだ、うすうす。でも言って欲しくない。
それは政治の世界でもそうだ。 おれが思うに選挙も宗教みたいに見える時がある。選挙にいくのは不安な人だ。いまの社会に不安があり「いまのままではダメだ」と安心を求めて投票に行く人、「いまのままでいい、いまのままでいいのに、投票いかないとそれを変えられるかもしれない」と不安になり安心を求めて投票に行く人。あとは本質違いの「大人ならいけないといけない」と世の中の空気に煽られ、大人としていかないとどうなんだろう、の不安になり行く人。彼らは「行くことによって安心する人たち」だから選挙その後に興味がない。行って、投票して、安心、だからだ。前に、タクシーの運転手のおじいさんとそのことを話したら「毎回投票に行ってたけど、何にも変わらないから行くのやめた」と言ってたおじいさんは神社にはお参りに行き賽銭をいれて「健康を願う」神社のお参りの方がまだ信用できるということだ。
(次ページへつづく)
いま安倍総理と桜を見る会が叩かれている。
税金を使い自分の支持者だけを呼び、名簿も帳簿もシュレッターにかけた。これは世界中から非難され嘲笑されている。しかし必死にそれを死守しようとする人たちがいる、彼らは「だったら前の民主党政権の時、鳩山由紀夫も桜を見る会やっていたじゃないか」と子供ですらひくぐらい幼稚なロジックを持ち込む人たちもいる。 たしかに民主党政権は東日本大震災、北朝鮮のミサイルの影響で「桜を見る会」は中止になっていて、鳩山政権時に1回だけ行われた。
しかしそれはそれでその時に怒ればいい、これはこれで怒ればいい。こんなことは子供しか言わない。安倍政権を叩く人は野党を応援してるわけではない、野党が追求する側だから、代わりにやってくれてありがとう、なだけであって、野党も野党でなにかあれば叩くし、それより政権与党のより権力者のほうをおかしなところをおかしい、というのがこの国を大事にすることだと思っているが、彼らは安倍政権を叩くものを叩き、叩くものを疑う。ラサール石井さんが「沢尻エリカ逮捕は桜を見る会から目をそらすためにわざと逮捕した」と言ってネットで叩かれていたが、安倍政権の税金の私的利用、税金を使った催し物への反社会勢力の招待、名簿帳簿のシュレッター廃棄、の方こそ、本気でやばいだろう。しかし彼らは桜を見る会のおかしなところを叩かない。信じてる人だから、信じてない人たちは叩くけど信じてる人はたとえ赤信号を渡っても、注意しない。だったら鳩山由紀夫の時も、と話をそらす。信じることは盲目にさせている。
それより「この人なら信じればわたしの思う世の中に変えてくれる、わたしを安心させてくれる」と信じ、彼らがいくつ信号無視をしても、それは見逃す。それはもう女子に幻想を抱く童貞男子のように見える。「女の子はうんこしない」と信じきろうとしている。それがたまたま茂みでウンコしてるところがパパラッチに激写されそれを叩かれていたら「鳩山由紀夫もウンコしてたじゃないか!」と怒り出す。それに対して「民主党政権の時は北朝鮮のミサイルでウンコするのやめた」と言い出す。それに対して鳩山由紀夫は「わたしの時はちょっとしかウンコでていない、安倍政権はおしっこもでていた」と言っている。
世界中で各国が強いリーダーを求めてる。アメリカのトランプ、中国の習近平、ロシアのプーチン、フィリピンのドゥテルテetc。
強いリーダーを求めてる世界は大きな不安に満ちている世界だ。真っ暗な世界だ。安部総理が憲法を改正しようとして韓国を強く批判してくれたら、安心して支持しようとする。そのためならもりかけ問題、桜を見る会の問題、そんなもの気にはしない。フィリピンのドゥテルテが麻薬を持ってるものを殺しまくる。麻薬がなくなることへの安心でやり方は気にしない。トランプだってスキャンダルが続いても、移民難民などに厳しくしてくれるならそんなことは気にしない。NHKから国民を守る党のリーダーが何をしても「それよりもNHKをぶっ壊してくれる」と強く信じさせてくれるから、多少の赤信号を渡ろうと気にしない。
たとえ彼らがなにかしらの赤信号を無視してスピードオーバーをしようが見逃す。
ガンの知り合いが、ガンになるとなんでもいいから治せる方法を探す、怪しい水や宗教の勧誘でも「必ず治せる!!」と強く言われると安心してしまい信じてしまう。と言っていた。 いま世界は副作用はどうでもいいから、強烈に安心させてくれる強い劇薬を求めてる。おれはビート板を全て取り上げられても笑顔で海を泳ぐ人でいたい。
(おしまい)
村本大輔(むらもとだいすけ)
福井県おおい町出身。2008年位結成したお笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」のボケ担当。賛否両論のコラム「炎上エンジョイ」は、日々URALAにて継続することが決定! ツイッター
日々URALAからのお知らせをLINEで受け取れます!
