明智神社に称念寺…、エピソードで見る福井県内の明智光秀ゆかりの地。

2019/12/24

明智光秀像(本徳寺蔵)

明智光秀を主役とした2020年NHK大河ドラマ『麒麟がくる』。帰蝶(濃姫)役の沢尻エリカ降板という予期せぬ話題により注目度が増したところもあるが、それ以上に、時は戦国時代、群雄割拠の戦乱を舞台としたドラマだけあって見どころのある一年となりそうだ。

明智光秀と言えば、織田信長配下の武将として戦国時代に活躍し、かの有名な「本能寺の変」を起こした人物として日本中に広くその名が知られている。信長の生涯が描かれるシーンでは必ず登場する武将だけあって、そのゆかりの地は多く、中でも生誕の地である岐阜県や居城として知られる坂本城のあった滋賀県、そして主君を討った京都などが浮かんでくる人も多いはず。
だが、その近隣に位置する福井県にも明智神社や称念寺、一乗谷朝倉氏遺跡など、実は明智光秀ゆかりの地であることをご存じだろうか。

美濃を追われ、辿り着いた場所は越前(福井県)。知勇に優れた武将として華やかな表舞台にたつまでの10余年、再起を願い過ごした福井県には、あまり印象になかった光秀の意外な一面を垣間見るエピソードを含め、歴史の重要場面として大きく関わってきた。




松尾芭蕉も感激!
貧困にあえぐ光秀を救った妻のファインプレー

越前に入国し、最初に訪れた称念寺の門前にて寺子屋を開いていた光秀に、戦国大名・朝倉氏の家臣との連歌の会を催すチャンスが訪れた。だが貧困の光秀には資金がない。そこで妻の熙子が光秀のために自慢の黒髪を売って資金を用立てたという。

その結果、連歌の会は大成功に終わり、後に表舞台へと繋がるきっかけとなった朝倉家への仕官が叶う。自分のために大事な髪を犠牲にした妻の愛に応えることが最大の報いだと、今後どんな困難があっても必ずや天下を取ると誓ったとされる。後にこの地を訪れ、言伝えを聞いた松尾芭蕉も感激し、想いの句を詠んでいる。

関連スポット①:称念寺の詳細はこちら




住民の無事を願うが故に―。
「あけっつぁま」と地元民に慕われる理由

広大な城下町跡が復原されている一乗谷朝倉氏遺跡の近く、朝倉家に仕官した光秀が居住していた場所には今、地元の人たちが「あけっつぁま」と慕い守り続けてきた明智神社がある。

すでに光秀が織田家の家臣となっていた頃、信長の命により猛将・柴田勝家らが一向一揆討伐作戦の際に、かつて自分が過ごしていた場所の住民たちに被害が及ばないようにしてほしいと勝家に依頼。勝家はこの光秀の想いを受け、この地にある西蓮寺に対して安堵状を出し、そのおかげで地元住民たちの無事は確保された。

関連スポット②:一乗谷朝倉氏遺跡の詳細はこちら



関連スポット③:明智神社の詳細はこちら



関連スポット④:西蓮寺の詳細はこちら





光秀、藤吉郎よ、頼むぞ!
危機一髪、金ヶ崎からの信長撤退劇

話は変わり、織田軍の武将・明智光秀に関連するスポットとして、福井県にはもう一つ重要な場所がある。織田信長最大のピンチとして語り継がれている「金ヶ崎の退き口」の舞台となった敦賀市の金ヶ崎城跡だ。
一乗谷の朝倉義景を討つため越前に侵攻した織田信長だったが、味方であった浅井長政による突然の裏切りによって、朝倉軍・浅井軍から挟み撃ちに。

急遽退却を余儀なくされた織田信長は、木下藤吉郎(豊臣秀吉)と明智光秀にしんがり(追ってくる敵を最後尾で防ぐ危険な役目)をまかせ、命からがら京都まで逃げ延びることができたという。

関連スポット⑤:金ヶ崎城跡の詳細はこちら




信長の危機を救った、
とんちの利いた妹・お市からの贈り物

浅井長政の謀反をいち早く知ることができ、すぐさま撤退できた理由には、織田信長の妹であり、当時浅井長政の妻であったお市の機転があったからとされている。

兄・信長の絶体絶命の危機を知らせるために贈ったのは、両端が縄で結ばれた小豆の袋。前は朝倉、後は浅井と両方に挟まれ、どこからも逃げることができない状況にあることを暗示させるものだった。現在、金ヶ崎城跡のそばにある金崎宮には、小豆袋に見立てた難関突破のお守りが人気を呼んでいる。

関連スポット⑥:金崎宮の詳細はこちら

謀反という最期を遂げたことで浮かび上がるイメージと相反する温かいエピソード、主君である織田信長の生涯に大きく刻まれた重要な出来事。2020年は明智光秀の新たな魅力とともに、福井という地が戦国の歴史によって大きく開かれる年になる予感がする。

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