「神の火」のそばで 福井の原発半世紀 第2部(6)

2020/03/09

パソコンに保存する若狭高校新聞部時代の写真を前に、「原発の危険性に気付いてほしくて原稿を書いた」と話す重田さん=大阪市内で

◆若狭出身の元高校教師 重田明彦さん
脱原発、半世紀の思い
「危険な原子力発電所が、なぜ福井県それも若狭湾一帯に集中して誘致されたのであろうか」「今後一切日本国土上に原子力発電所をつくるのはやめよ」。一九七一(昭和四十六)年、若狭高校(小浜市)の新聞部部長だった元高校教師重田明彦さん(64)=大阪市=は中日新聞本社(名古屋市)で「一日新聞記者」を体験し、中日新聞福井版にそんな文章をつづっていた。半世紀を経た今も「表現は未熟だったとは思うけど、考えは変わらない」と話す。

(中日新聞福井版)
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