福井の皆さんこんにちは。
お久しぶりです。ケニア在住の久保唯香です。
今回は、アフリカ大陸で標高2位を誇る「ケニア山」登頂に挑んだエピソードをご紹介します!

ケニア山の最高峰(5,199m )
皆さんは、日本最高峰3,776mの独立峰、富士山に登ったことがあるでしょうか。神奈川県に育った私にとって富士山はありふれた風景の一部でしたが、アタックの機会もなく、ケニアに来るまで私の最高登頂記録は、福井で暮らしていたときに登った石川県「白山」の2,704mでした。
アフリカの山で有名なのは、タンザニアにあるアフリカ最高峰5,895mの「キリマンジャロ」でしょう。独立峰としては世界最高というその山頂にたどり着けたとしたら、その達成感は並大抵ではないはず。大は小を兼ねるというし、富士山も登ったことになるのではないか(すいません富士山。笑)そしていつからか、「富士山登ります」ではなく「キリマンジャロ登頂目指します」と宣言して歩くようになりました。するとケニア到着早々、ケニア駐在の先輩がキンキンに冷えたケニアビール「ホワイトキャップ」を指差し、私にこう語りかけたのです。
「キリマンジャロ登りたいなら、ケニア山も登ってみるべきだよ!」
―――ケニアにも山があるのか。
ビールのラベルへの好奇心に勝てなかった私は、先輩に勧められるがまま、山に向かったのでした。ケニア最高峰、アフリカ大陸2位5,199m(一般登山者の最高到達地点は4,985m)の「ケニア山」へ。
― Day 1. ―
私が住むナイロビから陸路で5時間。昼頃登山ゲートに到着し、入山登録を済ませます。おなかすいたな~とふと掲示板に目をやると、“2,650m”との表示が。マズイ。あと100mで、自己最高到達記録を越えてしまう。
ケニア山登頂には、最短でも2泊3日が必要です。登山者は私を含む3人、それにガイドが1人、大きな荷物を持って上がるポーターが3人、コックが1人。合計8名で登ります。食事はすべて、コックとポーターが手作りで提供してくれます。
昼食後、最初の山小屋までは高地順応のため、 ゆっくり歩いて登ります。路面もしっかりとしているので、自動車での乗り入れも可能です。1日目の登山時間は約2時間。到着後は山小屋で休みます。
初日に宿泊した山小屋の標高は既に3,300m。私はあっさりと、自己最高到達記録を更新しました!
そしてこの山小屋にはシャワーがありません。電気が限られているので暖房もないですが、夜間は寒く、シャワーどころではなかったです。綺麗な夜空も、1時間も眺めていられませんでした。ということで初日は体を休め眠りにつきましたとさ。
― Day 2. ―
翌日、本格的に山に入ります。足場が悪くなっていくので、脚へのダメージを軽減すべくステッキを使いながら、進んでいきます。
安全のためにきちんとした登山靴で登ります
登山途中、
私「ガイドさん、ガイドさん。トイレに行きたい。」
ガ「ああ、その辺りでご自由にどうぞ。あの茂みはどうかな。ゴミは必ず持ち帰ってね。」
あ、はい・・・。
と、トイレはこんな感じです。
数えきれないほど登頂しているのだとか!
私「ガイドさん、ガイドさん。3,776m(富士山山頂)は越えた?」
ガ「んーよくわからないけどもう4,000mまできてるんじゃないか?」
!!!!(超えてる!)
この時点で富士山を超えています
2日目はとにかくそんな調子で、ゆっくりと歩き続けます。かなり遠いように見えますが、徐々にその姿が大きくなっていきます。途中、まるで映画のワンシーンのような渓谷も現れます。うん、壮大。
進み続けること暫く、16時頃、2日目に宿泊する山小屋に到着。標高は4,400mに達していました。
一瞬だけ姿をみせてくれました。なんと神々しい
「明日は午前2時起床。3時からアタック開始だ。よく休むように!」ガイドからの指示が飛びます。
山小屋には、アメリカ人、カナダ人、フランス人など20人ほどが宿泊。アジアからは私達だけです。気持ちはみんな一緒。ここまで来たら、あの山の頂上(一般人が登れるのはレナナ峰4,985m)に立ちたい!「Good luck!(幸運を祈る!)」と声を掛け合い、山小屋に一体感が生まれました!
次ページ→■いよいよラストアタック!
登頂できるのか、それとも…。
― Day 3. ―
あくる日の朝、午前2時。電球1個に数人が群がり、クッキーとホットチョコレートをお腹に入れます。外は極寒。山頂はマイナス10度に達すると言います。しっかりと重装備を・・・ん?
登山者にも一体感が生まれます
サングラス…私のサングラスがない…。
どこを探しても、ガイドに訊ねても、コックにお願いしても、誰に聞いても、ない。ご来光を拝む為にサングラスを持ってきたといっても過言ではないのに、そのサングラスが、ない…!ここはアフリカで、そして山の中です。手元にないものは無くしてしまったと同じ。サングラスは諦めることに。
気持ち新たに、ヘッドライトをつけて、いざ登頂開始です。午前3時。写真には納められませんでしたが、登頂前に見た、満点の星空に照らされた山頂の偉大な姿を、私は生涯忘れることはないでしょう。
一歩一歩、足場を確認しながら登っていきます。道とは言えないようなツルツルした岩肌を、スタスタと登っていくガイドにしがみつくように、進んでいきます。徐々に、踏ん張る足の裏が痛んできます。暗闇の中を登る時間が、何時間にも感じました。
空が少しずつ明るんできます。助かった…と思ったのもつかの間。自分が置かれた状況を把握した瞬間、絶句します。私たちは足を踏み外せばひとたまりもないような岩肌を歩いていたのでした。腰が引けてきます。見なきゃよかった…。
いよいよ日の出。アタックも最終局面にさしかかります。この辺りから、前方を歩いていた登山者が先に進めず、うずくまる様子を見かけるようになります。ここからはステッキも不要に。
むむ、これはどこかで見たことがある光景…、おお、これは所謂、ロッククライミング…?足の裏だけでなく、今度はモコモコに包まれた指先にもぎゅっと力を入れて、上を目指します。
山頂が近い。鎖を両手で掴み、力を振りしぼって身体を山頂に押し上げます。すると目の前に畳数畳程度の平地が現れました。
ケニア山レナナ峰4,985m。アタック成功……!
嬉しさと同時に「朝日」を拝むぞ!と意気込む
青白い「ケニア山」の最高峰が私たちを歓迎しました。瞬間、山が赤く燃え上がります。日の出だ…!背後から太陽が、顔を出し始めたのです。
必死でカメラを回しますが、みるみるうちに電池が減っていきます。ダメだ、極寒が過ぎる…!携帯はとうの昔に動かなくなっていました。そのうち、手の感覚がなくなってきます。カメラと手、どちらが先にギブアップするか、いい勝負。は、は、早く、上がりきってくれ…!
ガイド「もう無理だ、寒い。降りよう」
私「いや、ちょっと待って。まだ太陽上がってないから!上がるまで」
押し問答を3回ほど繰り返し、やっと太陽が完全に上がりました。
我々の体温も限界を迎え、下山に同意。峰での滞在時間は体感で10分ほどでしたが、日の出の瞬間を頂きで迎えられたのは、奇跡的なことでした。
ところが、次に待っていた下山が、最大の試練でした。感動の日の出もすっかり忘れ、登ってきてしまったことを後悔するほどの急斜面。乾いた岩肌に足がとられ、とにかく体力が消耗していきます。
上りより下りの方が難易度が高かったです
Congratulations!(おめでとう!)
やっとの思いで山小屋にたどり着くと、登頂を翌日に控えた登山者やポーター、コックが、私達に声をかけてきます。「You did it!(やったね!)」一緒にアタックした登山者とも再会を果たします。達成感と歓喜に心が踊りました。
そしてもう一つ奇跡が。山小屋に、無くしたはずのサングラスが、届いていたのでした。心優しい登山者が登山道で拾ったとのことで、山小屋に届けてくれていたのでした。喜びもそこそこに、そのまま下山します。待っていた車で、3日目の晩に、ナイロビに帰りました。
後日。
「ケニア山、難易度が高いと聞くけど、実際どうだった?」という質問が。
ビールのラベルに惹かれたという動機はさておき、今回の経験には、「圧倒された」という言葉が一番似合います。「私は圧倒的な自然を前に無力だった」という方が正しいでしょうか。そりゃ、ビールのラベルになるのも納得ですね。
※登山にあたり、ガイドおよび旅行代理店の指示に従い必要な用具を揃え、事前に高山病予防薬を正しく服用したことを補足しておきます。
以上、私が挑んだ「ケニア山」登頂の物語でした!ぜひ挑戦してくださいね。とは言いませんが、スケールの大きいことに挑戦すると、達成感はものすごいですよ!私もまだまだこれからなので、様々な面でレベルアップしていきたいです。それではまた!
久保唯香(くぼゆいか)
1991年 神奈川県生まれ。2016年から約2年、福井貿易情報センターにて勤務。幼少期にお菓子目当てで参加したちびっこマラソンがきっかけで陸上が好きに。専門は走り幅跳び。高校卒業後は世界を旅していたため一時休戦。就職後趣味でマラソンを始め、福井マラソン(ハーフ)でも入賞するほど。現在はナイロビにてジェトロ職員として活躍中。好きな食べ物は納豆。
日々URALAからのお知らせをLINEで受け取れます!
