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【パルタージュ】
2021/03/15
勤務先のお店の顧客に、ミシュランの星つきレストランがある。オーナーシェフのウィリアムさんは3年前に亡くなった社長ととても懇意にしていた。料理に関して意気投合したのだろう。出版した料理本の撮影場所にお店の一角を利用したこともあった。
「フランス料理に醤油を使うのはルール違反」。『美味しんぼ』というマンガのエピソードの一つが記憶に残っていて、働き始めた当初は土佐酢や三杯酢がフレンチレストランでよく売れている状況に驚いたが、今となっては、そういった固定観念はなくなっている。
ウィリアムさんも世界中の素材を探し、自由に味覚を組み合わせながら料理を楽しんでいるそうだ。もしかすると、旅行先に必ず日本食を持ち歩く日本人と同じように“旨味中毒”になっているのかもしれない。
ノートル・ダムやサン・ジェルマン・デ・プレの左岸にある彼のレストランに商品を配送しに行くと、親しみのこもった挨拶をしてくれる。販売員という立場の私にまで礼儀正しく対応するその姿勢に感嘆と尊敬の念を覚える。絵や音楽と同じく、料理にもその人となりが出るという。一度機会があったら彼が作る料理を食べてみたい。
コロナウィルスがフランスで発見されてから一年が過ぎた。フランスでは年明けから高齢者や医療関係者らに優先的にワクチン接種が進められているにも関わらず、感染者は急増していて、3回目のロックダウンがささやかれるほど厳しい状況が続いている。
感染防止対策によって、もっとも影響を受けているのはレストラン関係者と言われ、経営が難しくなって店をたたむところも増えている。テイクアウトや宅配は許可されているものの、高級レストランの場合だと、テイクアウトを始めても利益は限られ、またテイクアウトでは味が落ちて評判に傷がつくという心配もあるようだ。
それでも好転の兆しが見えない現状を前に、ウィリアムさんはついに本格的なテイクアウトに踏み切った。
いつものようにきちんとした身だしなみで自ら来店して、土佐酢や山葵、柚子胡椒など段ボール3箱分を買い込んでいった。私は、商品を選んでいる時のシェフの横顔に静かな気迫を感じ、彼が背負っている試練を思うと言葉をかけることができなかった。
画家/五百崎 智子 1971年、福井市生まれ。パリ在住。福井大学などで油絵を中心に学び、渡仏後は語学や絵画を勉強。3回目のロックダウンを目前に、試験勉強を頑張る娘が喜びそうな料理や抹茶ラテを作っている。
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