【学生の肖像】Z世代の福井の学生はどんな風に福井が見えているのでしょう。|vol.7 村上雄哉さん

2023/01/05

学生で起業、なんて言葉も今や普通になったこれからの時代を作っていく、Z世代の福井の学生はどんな風に福井が見えているのでしょう。リレー形式で紹介する「学生の肖像」。




vol.7 村上むらかみ雄哉ゆうやさん

2001年高知県中村市(現・四万十市)生まれ。勝山高校卒、福井県立大学海洋生物資源学部3年生。









令和版・釣りキチ三平の原点

授業よりも魚釣りが好き、大学を選ぶときは釣り場が近くにあること。2022年の全国鮎釣り大会準優勝を誇る、まるで“釣りキチ三平”を地で行くような村上さん。「『釣りキチ三平』は愛読書ですよ」。昭和時代に一世を風靡した釣りマンガ『釣りキチ三平』そのもののような存在。

3歳までは高知県で育ちます。自然の中で祖父が教えてくれたのは釣りでした。それが強烈な存在として村上さんの人生に関わってきます。保育園から勝山市に住み、勝山高校の隣だっただけに「勝山高校に必ず行く」と決めるのですが、中学生に入ってから半年間は引きこもり。学校にも行かない日々が過ぎていきます。この頃は釣りの「つ」の字も出てこない生活でした。

ある日、友達とサバイバルゲームに熱中しすぎて近所からのクレームが中学校に入り、こっぴどく怒られることに。普通なら先生は「勉強しろ」と怒鳴るところ、村上さんの性格をわかっていたかのように「ほかに興味のあるものをやればいい。釣りなんかはどうだ?」と。そのとき小さい頃の記憶が呼び起こされ、とうとう竿を持ち始めます。

勝山市には豊富な自然があります。川には豊富に魚がいます。まずはヤマメ釣りに興じるのですが、飽きてしまいます。実は村上さん、すべてにおいて“要領を得ることに長けている”能力の持ち主。だからこそ、学校での勉強が合わないのです。それを先生も知っていました。釣りにしてもそう。ヤマメは村上さんにとって簡単すぎたのです。その村上さんの心をつかんで離さなくした存在が「鮎」でした。

近所の先輩に連れて行ってもらい初めての鮎釣りで3匹をゲット。「みんなから『初めてなのにすごいね』と。簡単だと思って一人で行ったら、もうダメ。手も足も出ませんでした」。

鮎釣りの基本は“おとり鮎”を使います。縄張り意識が強い鮎だからこその釣り方なのですが、そのおとり鮎を針に付けながら元気に泳がせることができませんでした。その鮎が竿9m、糸9mと全長18mの先にいます。「こちらで動かしすぎても弱るし、自分のコントロール下にないものが一つあるだけでこんなに難しいのかと感じさせてくれます。繊細さと集中力を求められますし、釣れるまでの要素が複合的過ぎて、一つ解決してもまた一つ課題が出てくるという感じで。この終わりのない世界だからこそ、皆さんのめり込むんだと思います」。

のめり込めるものができたからこそ学校に行くようにもなり、授業が終われば鮎釣り、という生活に変わります。授業に出ていなかったのでテストが5教科で0点だったことも。さすがにそれでは高校に行けないと言われてからの盛り返しはすさまじく、気が付けば成績は3年の頃には10位以内に、かつ目標だった勝山高校はスーパー特進クラスに進学します。

ただ、突破だけに集中力を発揮するので、合格すればまた釣り三昧。成績もまた下降線をたどります。福井県立大学海洋生物資源学部に行くことは2年生の時点で決めていましたが、3年秋の時点でテストの成績は40%。ここからの怒涛の追い上げはさすがの集中力。センター試験が終わった時点で85%までに上昇。見事合格し、「今度は順調に卒業できる単位を既に取得しています」。


釣り場を守るのが自分の使命

さて、2022年に開催された鮎釣り全国大会45歳以下の部に出場して準優勝を勝ち取りましたが、そこで感じたこともありました。「45歳以下、という時点でもそうなのですが、鮎釣りのボリュームゾーンが5~60代なんです。さらに全体的に鮎釣り人口も減っています。そうなると10年後、釣り場を維持できる人がいるのだろうか、と考えるようになり、釣り場を守りたい、という思いと行動に変わっていったんです」。
村上さんが釣り場を守るために考えるのは森を作るための取り組みに近しいものがあります。大きな木を植えていくのでも、小さな木を植えていくのでもなく、“どんぐりを撒いていく”という考え方。それは自身の高知県での記憶にたどり着きます。

「あのとき、おじいちゃんに連れて行ってもらった記憶があるから、釣りと言葉を聞いたときに思い出すことができたんです。たとえ今は興味がなくても、小さいときにで出会った記憶は必ず引き出しの中に残っているんです。その思い出があるかないかで大きく変わるんです。もちろん“どんぐり”が芽を出すかどうかはわかりません。ただ数を撒くことが大事なんだと思っています」。

勝山市には子どもが集まる場所があります。そう『福井県立恐竜博物館』。そこで家族を巻き込んで子どもに釣り体験ができる場所があれば、釣りと福井の思い出が引き出しの中にしまわれることになります。それが現時点で見える村上さんのゴール。そのゴールのために必要なのが鮎。奥越には淡水魚養殖ブーム全盛期の頃に誕生した養殖場が5か所があるのですが、ほぼすべての経営者が70代で後継者もいません。だからみんなで一つにまとまって自分が受け継いでいこうと、事業承継をしていくことを考えます。しかしその方法がわかりませんでした。その時に出会ったのが福井県で始まった「エキセントリックカレッジ」。

「たまたま知ったのですが、もしかしたら事業承継についてわかるかもしれないと参加したんです。知らないということに対しての好奇心は強いですし、人と話すのも好きなんですよ、実は」。

今ではイベントなどにも積極的に参加し、人のつながりの刺激を得ています。好きなことを続けていくことで人に出会い、目標が生まれ、前に進んでいきます。村上さんが勝山で作っていく“森”は、いろんな人を巻き込みそうな気配がします。




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