【渡邉義信のWATANABE語録。】

[渡邉語録③]起業編Part.2:誰にも負けない営業力を培った!これが真の働き方の改革⁈

2020/02/24

資金ゼロで起業を成し遂げ、受注ゼロから営業を繰り返し波に乗り始めた「株式会社プロダクト・マイスター」(前回のエピソードはコチラ)。抜群の営業力を持つ渡邉社長ですが、このスペックは大阪時代での新入社員時代に鍛えられた(⁈)今回はそのお話から。

- 「毎日100枚の名刺を配る仕事」というのはどういう?

渡邉:18歳の時ですよ。今ではありえないことですけど、大阪で初めて仕事をしたとき、会社にいったら毎朝100名刺を配られました。で、「これが無くなるまで新規の飛び込み営業をしてきなさい」と。
 昭和60年頃、当時の大阪はテナント内のオフィスもドアが開けっぱなしの時代で。今では考えられないですけど。飛び込みで「おはようございます!」と入って話を聞いてもらう。でも、ソコがどんな会社かわからない…、ある意味度胸試し。すぐ「帰れ!」って恫喝され(笑)。100軒まわって1件まともに話を聞いてくれるところもあるかどうか。その名刺配りと営業を30日間、その繰り返しで。

- いやぁ…、精神的にまいらないですか?

渡邉:そりゃまいるって! まだ週休2日ではない時代だから土曜も走りっぱなし。ノルマを配り切れなくても、次の日に100枚配られて、どんどん名刺が貯まっていく…。

- 平成から学校でも週休2日でしたから。時代が…。

渡邉:で、名刺を余らせたら上司から「やっとる意味ない、お前休憩してたんか?」とかドヤされて。毎日何十km走ってるワケですから、こっちは「えぇッ!」って言いたくなりますよ。でも結局「そうしないと売れない」と解っていたので「バカ正直」に頑張りました。そうしたら半年後には100件の営業が取れました。

- 「働き方改革」と言われる今では考えられない…。上司も現代なら“パワハラ”と言われそう。

渡邉:時代背景の違いですよ。「働き方」を「改革」されましたね(笑)。でも、おかげで僕は鍛えられたと思っています。あと、自分が“できへん人”だったので、“できる人”に追いつくために、先輩には「よう勉強しろ」と教わりました。例えば自分は高卒で、働いているその間に大卒は4年間勉強をしているわけじゃないですか。 大学生がひと月で本を1冊読むと仮定して。4年間で何ぼ読んでんねん、と。

- 48冊ですか。

渡邉:それで大卒の知識に追いつくには、その倍を読まなあかんと100冊をノルマにワケのわからない本を渡されました。で、わからず意味を調べようにも現代のように“ググれない”ですよ(笑) 。「松下幸之助」の伝書とか読まされましたね。

でも色んな本を読まされて、ソコで鍛えられた部分は大きかったと思います。で、あの時代や高校の野球部時代のしごき(かわいがり?) に比べれば、今何かあったとしても、“そう大した事もないな”と思えます。 生きているだけでいいことありますよ(笑) 。話を戻しますが、最初の会社で“仕事の基礎”をすごく教わり、「営業をしたら誰にも負けない・あきらめない」という考えを植え付けられました。その営業力が起業時のピンチ脱却に繋がったと今ではひしひしと感じます。

でも色んな本を読まされて、ソコで鍛えられた部分は大きかったと思います。で、あの時代や高校の野球部時代のしごき(かわいがり?) に比べれば、今何かあったとしても、“そう大したこと事もないな”と思えます。 生きているだけでいいことありますよ(笑) 話を戻しますが、最初の会社で“仕事の基礎”をすごく教わり、「営業をしたら誰にも負けない・あきらめない」という考えを植え付けられました。その営業力が起業時のピンチ脱却に繋がったと今ではひしひしと感じます。

#人物#インタビュー#連載#丹南

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