2019/11/18


熱血サラリーマン時代の苦労と喜びは、現在の糧に。
――やはり、初めての営業は難しかった。
私は文系ですから、化学(ケミカル)のことは分からないよぉ~って。でも、営業は自社製品のことは熟知していて当然。ですから3カ月みっちり勉強(研修)し、その後は福井ではなく東京支社に異動! 自宅近くで働いていると思っていた父親も驚いたと思いますよ。
――時代はバブル真っ只中! 楽しいこともたくさんあったと思います。
東京は楽しいところがたくさんありましたから、先輩や友達にいろんなところに連れて行ってもらいました。日本が元気で、活気があり、お金が回っている時代でした。
――営業ならではの苦労といえば、どのようなことがありましたか。
私は金属メーカー担当(8~10件)で、関東一円や東北の一部などを営業車で回っていました。1人で1日500~600km走行したこともあったし、携帯もない時代、連絡は本当に大変でした。それに、何でこんなことで頭を下げなければならないのか?ってことも、しょっちゅうでしたよね。
――思い出深いエピソードをお聞かせください。
製品を使ってくれるのは現場の方。ですから、営業ですがスーツではなくいつも作業着。現場の人に好かれるよう、新人の若造は掃除でも何でもしましたよ。
ある日、製品の検討をしていただき「これは良いよ!」と現場も太鼓判。大口契約決定と喜んでいたのもつかの間、寸前でダメになったんです。聞けば、これがまぁ、大人の事情というか、ショックは大きかったですよねぇ。
――そのショックで会社を辞めたのですか?
そうではありません。3年ほど経ってそろそろかなぁと思い、福井に戻りました。東京時代は忙しくて大変でしたが、福井では決してできない多くの経験や、会社や東京の凄さも学んだと実感しています。

――福井に戻ってからは、“啓新高校”の顔として元気いっぱいです。
好きなコトをやっているから元気なんです。人間、好きなコトや得意なコトをやっていると、自然と元気になるもんですよ。私の好きなコトは学校! いや、“啓新高校”です。常に学校のことを考えていて、あれもやりたい、これもやりたいが溢れてくる。そういう意味では、今はオフィシャルとプライベートの区別はないかもしれません。
――CMやブログを拝見したり、学校での様子をお聞きしていると、自信家という雰囲気です。
実は意外とそうでもなくて、“ノミの心臓”なんです。毎朝、鏡に向かって自分に語り掛けるんです、「今日はきっと良いコトがある」「オレって最高!」「今日も行くぞぉ~」とか言って。そういって1日のスイッチを入れているんです。
――朝のスイッチは、いつ頃から入れるようになったのでしょうか。
福井に戻ってからですね。当時、26歳でいきなり教頭ですから。先生の大半は年上でベテラン揃い。で、教頭は何でも知っていなきゃいけない存在だから、そりゃ大変です。そうやって潜在的にやっていかないと出来ないですよ。それに、1カ所(学校)に1000人もいれば、いろんなコトが起こるし、起こって当然。私だって心が折れたり、精神的に病んだり、「人間って弱いんだなぁ」と痛感したことはあります。

――辛いことを日々、引きずっていては心も体も持ちません。だから毎朝、新しい気持ちでスイッチをオンにしないとその日を始められないということですね。
今は、これまでのいろいろな経験があるから、何が起こっても対処、対応できるし、先も見通せます。ピンチをチャンスに変えられる、大丈夫!という自信を持ちながら、スイッチを入れています。それと同時に、「今日は学校で何が起きるかな?」と楽しむ気持ちで朝を迎えています。
――好きなコトのためには健康も重要ですが、心がけていることを教えてください。
睡眠は十分、食事もバランス良く、サプリメントも多少。それと週1日、2時間は必ずジムで体を動かしています。睡眠時間は5~6時間。アラームで起きて、基礎英語を聞いてます。日常英会話くらいできるようになりたくて、起き抜けに頑張ってます。
――それ以外に頑張っていることは?
剣道の7段を目指しています。剣道は自分と見つめ合えるし、心と向き合えるし、奥も深い。強い心と弱い心……ふっと心が動いてしまう時に勝負がつくのが楽しくて、好きです。「挑戦です!」が左手なのは、剣道で左手が大切だからなんですよ。

――剣道と同じくらいカレーも好きです。
子どもの頃の母親の作ったカレーが好きで、大学で一人暮らしをしてた時もよく食べたし、作りました。時間がある時はいろんな野菜を1日中煮込んだことも。でも、大抵はルーだけの“ルーカレー”。ご飯さえあれば何杯でもいけるし、友達と1升食べたこともあるくらい。
――他に好きな食べ物は?
最近は学生の打つそばが、本当に美味しい。美味しすぎて、幸か不幸か、他の店になかなか足が向かないんです。
(次ページへつづく)