日々URALA(ウララ)

月刊ウララ10月号特集よりじっくりと何度でも訪れたい『大人ハマる ローカル・ミュージアム』

1億年以上前、福井の大地を闊歩していた恐竜たちの姿(全身骨格)を前に興奮気味の子供たち。その隣にいる大人も思いのほかテンションが高く、目を輝かせていたりする。
ミュージアムという場所を訪れると、知っているようで知らない世の中の広さを思い知らされる。と同時に、忘れていた好奇心がよみがえってくる。
理解するのに時間がかかっても焦ることはない。
地元にある「ローカル・ミュージアム」は、何度訪れてもいいのだから。

福井に恐竜が住んでいた時代。

福井県立恐竜博物館

中生代(約2億5000万年前~約6600万年前)

多様な生物が共存していた
1億2000年前の北谷層。

恐竜王国福井の幕開けは1982年。この時、現在の恐竜化石発掘地である手取層群から最初に見つかったのは、恐竜の化石ではなく、ワニ形類の全身骨格。この地層から白亜紀の脊椎動物の化石が産出することが判明した。
勝山市北谷町にある恐竜化石発掘現場は、手取層群北谷層と呼ばれている。
今から約1億2000万年前の中生代・前期白亜紀に形成されたと考えられていて、当時この辺りには河川や湖などが広がっていた。
砂や泥が溜まってできた地層には、様々な種類の化石が保存されていた。福井県立博物館(当時)が1988年に予備調査を実施したところ、肉食恐竜の歯などを発見。さらなる恐竜の発見に期待が高まり、翌1989年から本格的な発掘調査事業を開始してから現在までに、恐竜をはじめとする多数の脊椎動物の歯、骨、足跡等の化石を採取。その数は日本で発掘された恐竜化石の大多数を占めている。
さらに中生代の新種の鳥類「フクイプテリクス・プリマ」をはじめ、翼竜類、小型動物の足跡、植物など多数の化石を発見。生物の多様性を育んだ豊かな自然環境が浮かび上がってくる。
薗田研究員が専門とするカメ類の化石も数多く発見。「北谷の発掘現場で恐竜に次いで多く発見されている爬虫類がカメです。カメは多様性が高く、現在も生息しているスッポン類の化石も見つかっているので、当時、恐竜がどういう環境に棲んでいたのか、気候からどんな影響を受けたのか、などカメの研究からアプローチできます」と、専門性を生かした研究から恐竜の謎に迫っている。

1982年、現在の発掘現場で見つかったワニの全身骨格。これが恐竜王国福井の発端となった。
カメ類は断片的な甲羅が多数見つかっている。少なくとも7種類のカメがいたことが明らかになっている。さまざまな動植物の化石も恐竜の生態を解明する重要な手掛りとして調査研究が進められている。

展示「福井県の恐竜」
博物館の1階にある展示「福井県の恐竜」では、これまでに発掘された恐竜の実物化石を見ることができる。恐竜以外の動植物の化石や、当時の環境を再現したジオラマもあり、福井の恐竜時代を学ぶ貴重な空間となっている

「ダイノストリート」
常設展示への入り口となる地下1階のダイノストリート。トンネル状の廊下が続き、その両側には目線の高さに実物化石が埋め込まれている。美術館のような空間で、自然が生み出した化石の造形美に圧倒されるはずだ



福井県立恐竜博物館
2000年7月に開館した地質古生物学専門の博物館。館内には44体もの恐竜全身骨格をはじめ、化石やジオラマ、大迫力の復元模型等を多数展示。北谷町杉山の発掘現場近くにある野外博物館では発掘体験(予約制)もできる。

【住所】福井県勝山市村岡町寺尾51-11
【電話】0779-88-0001
【時間】9:00~17:00(入館は16:30まで)
【休日】第2・4水曜 7観覧料/一般730円、
【料金】高校・大学生420円、小・中学生260円
【HP】あり
※現在は予約・入替制

月刊ウララ10月号(582円+税)は『奇跡のスタジアム、奇跡の一夜』からAthlete Night Games in FUKUI 2020 の様子をご紹介。また今、気になる場所・ヒト・コトをご紹介する『What’s Hot』もお見逃しなく。書店、コンビニ、通信販売で好評発売中です。ぜひご覧ください。



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地質時代と古生代、中生代の生き物たち。

和泉郷土資料館

古生代(約5億4100万年前~約2億5000万年前)/
中生代(約2億5000万年前から約6600万年前)

大野市は“化石の宝庫”。
国内有数の地層は語る。

大野市の『和泉郷土資料館』で、「地質時代」について語られるのは、生命進化の手がかりとなる多様な時代の地層や生き物たちの化石が見つかる、国内有数の場所だからにほかならない。
大野市内には、恐竜が繁栄していた時代(中生代)から、さらに古い時代(古生代)の地層まで、広く分布。「ここから見える山並みは、いろいろな時代の地層が入り組んで、形成されているものです。古いものだと日本列島の成り立ちに関わるような地層もあります」と、大野市文化財課の酒井佑輔さんは説明。それを裏付けるように、人類を含めた哺乳類が栄えた新生代よりもはるか昔、古生代や中生代の生き物たちの化石が数多く発見されている。
和泉郷土資料館で展示しているアンモナイトやウミユリ、三葉虫などの化石はどれも海の中に生息していた生き物。古い時代の地層とはいえ、こうした化石が現在の山間部から発見されている事実にも興味をかき立てられる。
「4億年前のサンゴの化石が見つかっていますが、本来ここでは出会うはずのない暖かい海の生き物。遠く離れた海で化石となり長い年月をかけて移動してきたと考えられます」
企画展では、中部縦貫自動車道の工事で産出された岩石から発見された4種のアンモナイトの化石や、新種の可能性がある前期白亜紀のカメ類の化石、全国的に産出地域が限られるデボン紀(約4億年前)の化石などを公開。
1882年に日本で初めてアンモナイトの化石が発見されるなど、すでに明治時代には国内で注目の存在だった。1996年には初期のティラノサウルス類の化石が発見されたことでも話題に。今も地層の中には、生命進化の新たな謎を解き明かす大発見が眠っているのかもしれない。

酒井佑輔さん
さかいゆうすけ/1988年生まれ。永平寺町出身。大野市教育委員会文化財課主任学芸員。専門は地質学、古生物学。大野市の地質や化石の調査研究、企画展示などを統括

ファボンシテス・ヒデンシス
シルル紀からデボン紀にかけての代表的なサンゴのひとつ。表面が蜂の巣のように見えることからハチノスサンゴとも呼ばれる
□分類:床板サンゴ類
□時代:古生代 デボン紀
□場所:大野市伊勢・上穴馬層

ウミユリ
ヒトデやナマコと同じ棘皮(きょくひ)動物の仲間。現代も生息していることから「生きている化石」と呼ばれる
□分類:ウミユリ類
□時代:古生代 デボン紀
□場所:大野市伊勢・上穴馬層

チョファッテ層の一種
地層の時代を決める上で有効な基準とされるアンモナイトの化石。イカやタコ、オウムガイの仲間(頭足類)で、中生代の海で繁栄した海洋生物。写真上は約1億6600万年前の「ジュラ紀カロビアン」と呼ばれる時代に生息していたもの。石徹白川橋建設工事の現場から2018年に産出
□分類:アンモノイド類
□時代:中生代 中期ジュラ紀
□場所:大野市貝皿・九頭竜層群貝皿層

カメ(マンチュロケリス属)の甲羅化石
マンチュロケリス属は恐竜時代にいたカメ類のグループ。写真の化石は大野市長野で2001年に発見。新種の可能性も。
□時代:中生代 中期ジュラ紀
□場所:大野市貝皿・九頭竜層群貝皿層
□発見者:島田正樹



和泉郷土資料館
古生代や中生代の生き物の化石展示、最新の研究成果などを展示。和泉地区から出土した縄文土器や、かつて主要銅山だった面谷(おもだに)銅山なども紹介。

【住所】福井県大野市朝日25-7
【電話】0779-78-2845
【時間】19:00~16:00(日曜・祝日は17:00まで)
【休日】月曜(祝日の場合はその翌日)、祝日の翌日
【料金】大人300円、小人(中学生以下)無料
【駐車場】あり

【企画展「地質時代と化石 大野に眠る4億年の歴史」】
大野市の多種多様な岩石や化石を紹介する企画展。サンゴ礁が広がる暖かく、浅い海に生息するデボン紀(約4億年前)の古生物の化石、中期ジュラ紀(1億6600万年前)のアンモナイトの化石、マンチュロケリス属のカメ類化石などを展示。11月8日(日)まで。

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縄文土器のデザイン

若狭三方縄文博物館

縄文時代(約1万6000年前~約2400年前)

縄文プロムナード
照明と音響で深淵なる縄文世界を表現。象徴となる、岩手県田野畑村で出土した縄文時代晩期の遮光土器(レプリカ)。

「縄文土器と一口に言っても実はいろいろなんです」

若狭三方縄文博物館の「縄文プロムナード」を抜けて「土器の径(みち)」と名付けられた展示室へ。そこには若狭町内で見つかった縄文時代の土器33点が年代順に並べられていて、展示を眺めているだけで縄文人の芸術性と精神性が伝わってくるようだ。
「おそらく多くの人が“縄文土器”と聞いてイメージするのは、燃え盛る炎のような装飾が施された“火焔土器(かえんどき)”と呼ばれるものではないでしょうか。実は残念ながら若狭町ではそうした立体的なデザインの土器はほとんど出土していません。しかし、表面につけられた模様が非常に緻密で芸術的なのが若狭町で見つかった縄文土器の特徴であり魅力のポイント。ぜひ間近でじっくりと鑑賞してほしいですね」と学芸員の小島さんは説明する。
県内最古の縄文土器の上部には竹串で開けたような穴が規則的に並び、下部は人間の爪で押したような模様でぎっしりと埋め尽くされている。「縄文人はとにかく模様や装飾で空間を埋め尽くすのが好きだったようです」(小島さん)。若狭地方で出土する土器は他の地域より白いものが多く、煮炊きをした焦げ跡も見て取れる。時代を経るにつれて口の部分が五角形や六角形のものが出てきたり、深さの浅いものがあったりと、形や装飾の変化を見比べてみるのも面白い。
「専門家による研究では、土器の模様や形は制作者の自由なアートではなく、村や地域のルールにのっとって作られた方言のようなものだとされています。縄文土器は集団に属した村人たちが次の世代につなぎ伝えるための一種の表現手段であり、大切なコミュニケーションツールだったのではないでしょうか」。  
小島さんによると、縄文土器は日常の煮炊きや食品の貯蔵といった用途以外にも、住居の玄関前の地中など、わざわざ上を通らないと出入りできないような場所に埋められていたものもあり、呪術的な意味合いを持つ使い方もされていたのではないか、とのこと。
主に女性が作り伝えたとされる縄文土器。驚くほど多彩なデザインや形状を前に、当時の人たちの思いやその息づかいが伝わってくるようだ。

土器の径(みち)
縄文時代の草創期から晩期まで、年代が古い順から縄文土器が並ぶ。展示は、縄文土器と必要最小限の説明文のみ。美術館のような空間で、時間の経過とともに変わっていく土器の形状やデザインを鑑賞することができる。


鉢(複製品)
県内最古となる約1万3600年前(縄文時代草創期)の土器。上下とも緻密な模様でおおわれている
□ 時代:縄文時代草創期(約13600年前)
□ 出土:鳥浜貝塚
□ 所蔵:若狭三方縄文博物館

深鉢(ふかばち)
同じ縄文土器でも色合いの違いがみられる。写真はちょっと色白美人の印象を受ける縄文土器
□ 時代:縄文時代前期(約5800年前)
□ 出土:鳥浜貝塚
□ 所蔵:福井県立若狭歴史博物館

深鉢(ふかばち)
ごつごつした大振りなものだけでなく、手のひらに乗るぐらいコンパクトサイズのキュートな土器も
□ 時代:縄文時代中期(約5500年前)
□ 出土:北寺遺跡
□ 所蔵:若狭三方縄文博物館

深鉢(ふかばち)
過剰な装飾が施されていて、通常模様が入らない部分にまで細かく模様が入っている異色の縄文土器
□ 時代:縄文時代後期(約4100年前)
□ 出土:北寺遺跡
□ 所蔵:若狭三方縄文博物館

深鉢(ふかばち)
時代によっては五角形だったり、六角形だったりと、変則的な口の形をした土器も出土している
□ 時代:縄文時代後期(約4400年前)
□ 出土:北寺遺跡
□ 所蔵:若狭三方縄文博物館

底部穿孔(ていぶせんこう)浅鉢(埋甕)
底が深い、縦長の土器が目立つものの、中には底が浅い鉢も出土している
□ 時代:縄文時代後期(約4300年前)
□ 出土:北寺遺跡
□ 所蔵:若狭三方縄文博物館

底部穿孔(ていぶせんこう)深鉢(埋甕)
土器の底の部分に穴をあけたものは煮炊きには使えないため、祭祀や呪術的な用途があったものと考えられる
□ 時代:縄文時代後期(約4200年前)
□ 出土:藤井遺跡
□ 所蔵:若狭三方縄文博物館

深鉢(ふかばち)
弥生時代に近づくにつれて模様や装飾は控えめになり、シンプルな土器が多く出土するようになる
□ 時代:縄文時代晩期(約2800年前)
□ 出土:ユリ遺跡
□ 所蔵:若狭三方縄文博物館



若狭三方縄文博物館
鳥鳥浜貝塚の発掘調査の成果や、水月湖の年縞、環境考古学との関係性などを紹介する考古学博物館。常設展示のほか、体験講座、講演会などさまざまな角度から縄文文化を発信。縄文文化を建築的に表現した建物も見どころ。

【住所】福井県三方上中郡若狭町鳥浜122-12-1 縄文ロマンパーク内
【電話】0770-45-2270
【時間】9:00~17:00(入館は16:30まで)
【休日】火曜(祝日の場合は翌日、GWと夏休み期間中は無休)
【料金】一般500円、小中高生200円(年縞博物館との共通券 一般700円、小中高生280円)
【駐車場】あり
【HP】あり

【特別企画展「シマシマが語る46億年の歴史」】
福井県年縞博物館との共同開催。若狭三方縄文博物館では「縞模様でたどる日本人の歴史」をテーマに、日本の歴史や技術の発展を示す、縞模様をもつ道具類(民具、衣類、装飾品など)を紹介。11月23日(月・祝)まで

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若狭・古墳時代の宝

若狭町歴史文化館

古墳時代(1700年前~710年頃)

冠帽(かんぼう)

「十善(じゅうぜん)の森古墳」は6世紀初めに若狭地方一帯を治めたとされる王様を埋葬した、全長約68mの前方後円墳。JR上中駅から西へ約700m、小浜線の南側にある。天徳寺古墳群に属するこの前方後円墳からは副葬品として、装飾性に富んだ金銅製の冠・履(くつ)の破片や蜻蛉玉(とんぼだま)が出土していて、これらには当時朝鮮半島の百済製の特徴が確認できる。
つまりこの時の若狭の王たちは百済との間で外交関係にあったことがうかがえる貴重な資料ということになる。半島文化の移入や、石室の変遷を究明する上でも貴重な存在である。
そして『若狭町歴史文化館』では、出土品の一つだった金銅製冠の復元品を展示している。昭和29年の発掘調査の段階ではすでにもとの形は失われていて、細片化した状態で発見された。保存処理や復元図の作成などの過程を経て復元した冠は、烏帽子と組み合わせたような独特の形が特徴的。細かな装飾が施されていて、冠の両横に魚をモチーフとした装飾が下がっているのも興味深い。
□ 時代:6世紀初め
□ 出土:十善の森古墳

金製垂飾付耳飾
向山1号墳から出土した18金製の耳飾りは、直径わずか4㎜程度の空球(うつろだま)の表面に、0.5mmに満たない微細な金粒を貼り付けた緻密な装飾。金粒の貼り付け位置にくぼみを入れたり、空球の内部に細い針金を通し、兵庫鎖と呼ばれる鎖を取り付けたり、高度かつ繊細な技術力に驚く。朝鮮半島にあった伽耶(かや)の特徴を示している。
□ 時代:古墳時代中期(5世紀)
□ 出土:向山(むかいやま)1号墳

玉一連(たまいちれん)
丸玉・棗(なつめ)玉・ガラス製蜻蛉(とんぼ)玉
本体の地色と異なる色のガラス粒を溶かして本体に埋め込む「蜻蛉玉」と呼ばれるガラス玉は、青色と黄色とのコントラストが鮮やか。
□ 時代:古墳時代後期(6世紀)
□ 出土:十善の森古墳

玉一連
臼玉・碧玉(へきぎょく)製管玉・ガラス製小玉・水晶・ガラス製勾玉
勾玉のデザインそのものは縄文時代からあるものの、古墳時代には副葬品として好んでつくられた。透明で美しいガラス製のものがひときわ目を引く。天然の水晶製のものも。
□ 時代:古墳時代後期(6世紀)
□ 出土:十善の森古墳

ガラス製
丸玉・小玉・棗(なつめ)玉
鮮やかな黄色と薄緑色が映える不透明のガラス玉。大きさは不ぞろいながら、多数を組み合わせることで、空きのない長いネックレス状の装身具を形づくっている。
□ 時代:古墳時代後期(6世紀)
□ 出土:十善の森古墳

碧玉(へきぎょく)製管玉
直径1㎝前後の滑らかに磨かれた円柱状の玉の中央に、主軸と平行に小さな穴を貫通させている。穴の直径は1~2㎜程度とかなり小さいが、石錐(いしぎり)と呼ばれるドリルで開けたと考えられている。
□ 時代:古墳時代後期(6世紀)
□ 出土:十善の森古墳

大和政権を支えた古墳時代の若狭は大規模古墳が多数。

若狭町上中地域は北川を下ると航海の玄関口、若狭湾に容易にたどり着く。南下すれば近江を経て大和へ至る最短路となる交通の要衝に位置したことから、重要な古墳が数多く作られている。現在この地域で確認されている前方後円墳は17基。石室の形態や出土品には大陸の影響が強く現れている。


町歴史文化館
北川地域(若狭町)を中心に展開する前方後円墳や巨大な円墳からの出土品を展示している。1500年前の大陸との結びつきや、膳臣(かしわでのおみ)として名を残した若狭の王たちが東アジアを舞台に活躍した時代に思いを馳せる貴重な資料を目にすることができる。

【住所】福井県三方上中郡若狭町市場20-17
【電話】0770-45-2270
【時間】9:00~17:00(入館は16:30まで)
【休日】火曜(祝日の場合は翌日)、その他臨時休館あり
【料金】無料
【駐車場】あり

月刊ウララ10月号(582円+税)は『奇跡のスタジアム、奇跡の一夜』からAthlete Night Games in FUKUI 2020 の様子をご紹介。また今、気になる場所・ヒト・コトをご紹介する『What’s Hot』もお見逃しなく。書店、コンビニ、通信販売で好評発売中です。ぜひご覧ください。



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