月刊ウララ10月号特集より『WHAT’S HOT SPECIAL』

2020/10/08

奇跡のスタジアム、奇跡の一枚。

Athlete Night Games in FUKUI 2020

2020.08.29

2019年、日本で初めての陸上競技が開催された。
「Athlete Night Games in FUKUI 2020」。
日の暮れた競技場で、テンポの良い音楽が会場を包み、人々は熱狂する。日本記録が立て続けに生まれた奇跡の一夜が再び福井を席巻した。

奇跡のスタジアム

2019年、日本陸上界に激震が走った。1つの小さな大会で日本記録が4つも生まれたのだ。これまでどんな大きな大会でもこんなことはなかった。トラックの素材もいたって普通、1967年に作られた小さな陸上競技場。「何が起こっていたのか」。その理由を知りたい人たちは多かった。
そこには大きく2つの理由がある。その一つが2017年のインカレ、2018年の福井国体、大きな全国大会を開催するにあたり、2016年に取り付けられた大型ビジョンだ。別段計算していたわけでもない。しかし取り付けた後から、風向きが変わったのだ。北北東からの追い風が吹き込むようになり、選手にとってコンディションが非常に良くなったという。
もう一つ、会場となる競技場の大きさだ。大き過ぎないフィールドに、急こう配の観客席。選手から見れば観客を近くに感じ、選手の名前を呼ぶ声援も聞こえる。音楽が会場に流れ、MCが盛り上げる。「Athlete Night Games」は演出すべてが選手たちのパフォーマンスを上げてくれることになったのだ。
実際、このような大会は日本初のこと。だれもやったことがないこと。欧米ではメジャーになりつつあるのに、だ。何故か。日本においてスポーツは学校教育と密接につながっており、すべてが教育の延長線上にあるから。だから競技大会にエンターテインメント性は生まれない。ただひたすら記録を伸ばすことに終始する。しかし選手たちは知っている。それ以上に記録を伸ばす大会を。こぞって欧米の大会に出場するのは、「Athlete Night Games」のような、気分が盛り上がる場所のほうが、居心地がいいことを経験していたのだ。
福井は「おとなしい」、「真面目」、「堅物」と、こういう大会を一番やらなさそうな県だが、日本で初めて開催したことに意義がある。人口も下から数えて5番目の、認知度も低い地方都市が、陸上の本場でやっていることをいとも簡単に成し遂げた。陸上を通じて世界につながる第一歩を踏み出したといっても過言ではない。

ケンブリッジ飛鳥

「たくさんのお客さんがいると気持ちの高ぶりも違うな、と、応援してもらうことの大切さをすごく感じたレースでした。いい風が入るのもそうですが、湿度も低くて体が重く感じたりしないので気持ちよくレースに臨めるのが福井のいいところだと思います。」

奇跡の一夜が生まれるまで

前述で「いとも簡単に」とは言ったものの、それまでの道は決して平たんでもない。何気ない会話の一言がここまで作り上げた。2018年、福井を拠点に活動する110mHの金井選手と800mの村島選手、福井陸上競技協会専務との立ち話の中で「福井で欧米のナイターみたいな、選手も観客も楽しめる盛り上がった試合したいです。選手は僕が集めますから開催しませんか」と一言。金井選手はこの9・98スタジアムで練習しているから、夕暮れの追い風が吹くコンディションを知っている。何よりも夜だから涼しい中で競技に臨むことができる。
ならばやろう、とは言ったものの、何をどう始めるかのノウハウもない。「正直クラウドファンドがなんなのかさえ知らなかったんです(吉田敏純総務委員長)」。手探りで始めるから、第1回の開催は2020年に、と思っていたところ、福井陸上競技協会会長は「そんな悠長なことを言ってる場合か」と一喝。会長は民間企業の社長。スピード感も価値観も違う。「もし会長が“協会体質”であったら、『Athlete Night Games』はできなかったと思います(同総務委員長)」。
果たして半年で形にできたのも、少数で一致団結してことに当たったから。さらに2017年、2018年と全国大会の運営を経験してきたから。唯一の反省点は赤字で終わったこと。しかし今年は対昨年400%以上もの資金が集まった。「こんなに陸上ファンが多かったのか、と改めて陸上の魅力を感じることができました。ただのお祭り雰囲気では成功しなかったでしょう。エンターテインメント性は持っていても、公式記録を出す大会であることは変わりありません。2年間の全国大会経験がここで生きました(同総務委員長)」。

桐生祥秀

「クラウドファンドなどでも応援してくださっていますし、また来年も来て記録を更新できるようにしていきたいと思います。まだ陸上はそこまでメジャーではないですが、みんなで陸上を見に行こう、という空気が出てくるようになれば、と思います。」

すべてにおいて欧米型の大会。チケットも有料制。それがクレームの元にもなったが「スポーツはお金を出して学ぶ、という文化を日本も持っていかなければ世界に通用する選手は生まれていかないと思います。事実、プロの陸上選手で“食べていける”選手なんてほんの一握りしかいません。彼らを支援するという意味でも、そういう意識は必要になっていくと思います」。事実、今回の収益は選手の賞金に充てられていく。人々が支援して選手を育てていく、この図式が定着することが『Athlete Night Games』のもう一つの思いでもある。
これから『Athlete Night Games』が全国に広まっていってほしい、そうしてライブ中継などで別地域の『Athlete Night Games』とつなげてライブ配信をしていくのも目標にしている。そのためにも全国の陸連に視察勧誘のDMを送った。しかし帰ってきたのは46都道府県中2県のみ。まだまだ日本は“協会体質”から脱皮できない。世界に後れを取るままだ。そんな旧態依然の価値観を変えていくのは、この街で『Athlete Night Games』を続けていくことに他ならない。



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